相撲部屋の「おかみさん」という存在は、外から見えにくいが、その部屋の空気を作る。力士の食事から精神的なケアまで、親方の隣に立ちながら裏方として部屋全体を支える。鳴戸部屋においてその役を担うのが、安藤麻子(あんどう あさこ)さんだ。愛知県出身の元航空会社勤務の女性が、どのようにして国際色豊かな相撲部屋の女将となったのか。その歩みは、一つの数奇な縁から始まっている。
安藤麻子とはどんな人物か——出身・経歴・プロフィール
鳴戸部屋のおかみさんは安藤麻子(あんどう あさこ)さんという方で、愛知県一宮市出身の元会社員だった。具体的には、航空会社に勤めていた人で、キャビンアテンダントだった可能性が高い。華やかな業界で働いていた彼女が、まさかブルガリア出身の大関力士と出会うとは、当時誰も予想しなかっただろう。
二人が出会ったのは2004年夏のこと。当時十両だった鳴戸親方が一宮市の宿舎近くのコンビニでおかみさんを見て一目ぼれして、声をかけた。コンビニでの出会い——これほどドラマティックでありながら、どこか日常的なきっかけも珍しい。そこから長い遠距離恋愛が始まった。
鳴戸親方は2008年5月場所で幕内初優勝をした時に結婚を決意し、その年のクリスマスにプロポーズした。そして2010年2月に東京・赤坂の日枝神社で挙式、都内のホテルで披露宴を行い、約600人が出席した。相撲界の結婚披露宴としても注目を集めた一大イベントだった。
年齢差と「日本語の言い間違い」事件
2009年5月、当時大関だった鳴戸親方は安藤麻子さんとの結婚を発表した。鳴戸親方はこの時26歳、妻のおかみさんは29歳で、3つほどおかみさんが上だ。年上の妻というのは、実は大相撲の世界では珍しくない話でもある。しかし二人の間には、一度破局しかけた危機があった。
結婚前に破局の危機があったそうで、親方の「日本語の言い間違い事件」が原因だという。言い間違いだとわかって本当に良かったとファンにとってもひやりとする出来事だった。日本語が第二言語である夫との生活には、こうした誤解が生まれやすい。それでも麻子さんは関係を続けた。そこには相手への深い信頼があったのだろう。
おかみさんから見た鳴戸親方は「誠実でまじめ」で、鳴戸親方から見たおかみさんは「とても優しく、一緒にいると安心できる」人ということだ。また、親方は麻子夫人について「優しくて明るい。料理上手」と語っており、夫人の作るブルガリア料理を絶賛している。相撲部屋のおかみさんが「ブルガリア料理を作る」という点だけでも、鳴戸部屋の特異な国際性が伝わってくる。
女将としての役割——部屋を陰で支える存在
相撲部屋の女将は単なる「親方の妻」ではない。力士たちの日常生活を管理し、食事の段取りをして、精神的なケアにも目を配る。特に若い力士が入門したばかりの頃、故郷を離れた寂しさを感じる場面は少なくない。そのとき隣にいてくれる「おかみさん」の存在は、想像以上に大きい。
鳴戸部屋においては、親方自身がブルガリア出身という異色の経歴を持ち、部屋全体に国際的な雰囲気が漂う。ブルガリア生まれの師匠が現役時代から明治ブルガリアヨーグルトの販促を務めていた縁で明治が部屋のタニマチであり、乳製品が部屋に送られ、弟子に食べさせている。こうした独自の文化が根付く部屋で、安藤麻子さんは日本人の女将として架け橋的な役割を担っている。
2011年11月、鳴戸親方とおかみさんの間に第1子となる長男が誕生した。名前はキリル君だ。その後、第2子となる長女が誕生したが、名前は不明で、長男とは3歳ほど離れているようだ。二人の子を育てながら部屋の女将としての務めも果たすという、並大抵でない生活を送っている。
鳴戸部屋の歴史——元大関琴欧洲が切り開いた新章
鳴戸部屋の現在を語るには、親方・鳴戸勝紀——現役時代の名前は琴欧洲——の軌跡を外せない。琴欧洲 勝紀は1983年2月19日生まれ、ブルガリアのヴェリコ・タルノヴォ市出身の元大相撲力士で、佐渡ヶ嶽部屋に所属していた。身長202cm、体重155kgで、最高位は東大関。現在は年寄・鳴戸として鳴戸部屋の師匠を務めている。
2015年2月12日に年寄・鳴戸を襲名。2017年4月1日に、自身の内弟子2人を連れて佐渡ヶ嶽部屋から独立し、鳴戸部屋の師匠になった。ヨーロッパ出身力士としては初の師匠となった。わずか2人の弟子からスタートした部屋が、今や十数名を抱える規模にまで成長している。
鳴戸部屋は2014年3月場所限りで現役を引退した元大関・琴欧洲が2017年4月1日付で2人の内弟子を連れて佐渡ヶ嶽部屋から分家独立して創設した。墨田区横川で2年間仮住まいをし、2019年6月に同区向島に部屋を構えた。スカイツリーが見える下町・向島という立地も、この部屋らしいどこか開かれた雰囲気を持っている。
所属力士と部屋の現在地
鳴戸部屋には2025年6月現在、幕内から序二段まで14人の力士と行司や呼出し、床山が所属している。看板力士である幕内力士の欧勝馬(おうしょうま)は1997年生まれ、本名はプレブスレン・デルゲルバヤルで、モンゴル出身だ。師匠の出身国ブルガリアだけでなく、モンゴルや日本など多様なバックグラウンドを持つ力士が集まるのが鳴戸部屋の特色だ。
2018年5月の報道によると、「ネットで調べたら一番情報量が多かったから」と鳴戸部屋を選んだ理由を話す力士もいるという。SNSやブログで積極的に情報を発信してきた親方と女将の姿勢が、若い力士の入門動機にもなっている。現代らしい話だ。
鳴戸親方は「弟子たちの目標を達成させるために、一人ひとりに寄り添いながら伝統的な稽古にブルガリア国立スポーツ大学と日本体育大学で学んだことを活かして、すべての弟子を幕内力士そして頂点へと成長させたい」と語っている。指導にかける本気度は、公式サイトのメッセージからも読み取れる。
試練と再起——部屋が経験した困難
成長を続ける鳴戸部屋にも、避けられない逆風があった。2019年1月31日、部屋の20歳の三段目力士が未成年の弟弟子に柔道の締め技を掛けるいじめ行為が発覚。三段目力士は同様の行為を同月までに10回行い、被害者の弟弟子は失神したこともあるという。この問題は相撲界全体に波紋を呼んだ。
行為が悪質であったことから三段目力士は「引退勧告相当」となり、鳴戸は部屋を留守にしている時間があったことから監督責任を問われ、3か月の10%減給の処分を受けた。事件後、親方はブログで謝罪し、「これからは、稽古場だけではなく、生活面でも前向きに取り組むことができる環境を整え、相撲道に挑戦してよかったと鳴戸部屋全員が思えるよう、真摯に取り組んで参ります」と今後の決意を表明した。
この時期、安藤麻子さんも女将として相当な心労を背負ったはずだ。実際、ブログに寄せられたファンの声には「親方や女将さんも心労絶えないと思いますがこれからも頑張って下さい」という声も少なくなかった。困難な局面でも、女将を気遣うファンの温かさが伝わってくる。
朝稽古見学・後援会——部屋をもっと身近に感じる方法
鳴戸部屋は相撲ファンとの距離感の近さでも知られている。朝稽古見学のVIPツアー(現地集合)では、現役プロ力士たちの本気の朝稽古を間近で見学できる貴重な体験ができ、料金は大人一人様15,000円。また、ちゃんこ鍋朝食付きで18,000円のプランも用意されており、朝稽古見学後に力士たちが配膳するちゃんこ鍋を味わえ、神田川クルーズも楽しめる。
稽古見学には一定のマナーがある。静かに見学すること、写真撮影は禁止されている場合が多いこと、力士の邪魔にならないよう配慮することなど、基本的なルールを守って力士を応援することが大切だ。ルールさえ守れば、普段テレビ越しにしか見られない力士の真剣な姿を目の前で体感できる。
鳴戸部屋では個人、法人、団体を問わず広く後援会会員を募集している。後援会は部屋の力士たちを応援し、様々な形でサポートする大切な存在だ。千秋楽パーティーなど特典も充実しており、熱心なファンにとっては部屋に深く関わるチャンスでもある。
安藤麻子という名前が持つ意味
鳴戸親方は2014年1月に日本国籍を取得し、おかみさんの旧姓の安藤を名乗った。親方の本名が「安藤カロヤン」となった背景には、妻・麻子さんの存在がある。名前そのものに妻への敬意と感謝が込められているとも言えるだろう。ブルガリア出身の元大関が日本の女性の姓を継ぐ——これもまた、二人の関係の深さを象徴する事実だ。
鳴戸部屋は、国籍や文化の壁を軽々と越えた場所だ。師匠はブルガリア人、弟子にはモンゴル出身者もいる。そしてその全員を包み込むように、愛知県出身の女将・安藤麻子さんが部屋の空気を整えている。相撲という極めて日本的な文化の中に、これだけ多様な人間関係が息づいているという事実は、外から見れば驚くほど自然に映る。
鳴戸部屋の今後と女将の存在感
若い力士が次々と入門し、関取を目指して稽古に励む鳴戸部屋。親方の熱意と指導力はもちろんのこと、部屋の雰囲気をつくる女将・安藤麻子さんの役割も見逃せない。力士が故郷を離れて暮らす上で、「おかみさん」という存在はときに母親のような温かさをもって彼らを支える。
墨田区向島に部屋を構える元大関琴欧洲が師匠の鳴戸部屋は、弟子たちの日常をSNSで積極的に発信し続けている。その発信の裏にも、女将の存在がある。华やかな土俵の陰で、毎朝弟子たちの食事を気にかけ、部屋全体の空気を整えながら日々を積み重ねていく。それが安藤麻子さんという、鳴戸部屋の女将の姿だ。
コンビニでの一目惚れから始まった縁が、今や日本相撲界における異色かつ魅力的な部屋を支える軸になっている。相撲ファンでなくとも、この二人の歩みは一つの人間ドラマとして読み応えがある。鳴戸部屋と安藤麻子さんの物語は、まだ続いている。